保坂和志『猫の散歩道』

猫の散歩道

猫の散歩道

保坂さんの本で、こんなに読みやすいエッセイ集はあったでしょうか。私が読んで来たなかではこれがいちばん読みやすかったです。まず、それにちょっと驚きましたw 季節の変わり目であるこの時期に、この本が発売されたというのは狙っていたのかな。

季節の変化に触れたときの驚きや歓びが、大袈裟に言うと私の原点のような気がする。
人間は動物の中でたぶん自然の変化に一番鈍感だけれど、それでもやっぱり自然の一員だ。だから、季節を実感することで少しずつ成長するのだ、きっと。(p194)

冬から春へ向かっているいま、このエッセイを楽しめて良かった。あと、猫好きで良かった。保坂さんの「猫道」というか「猫学」? 猫ばかなだけな私はまったく足元にも及ばずw ちなみに『アウトブリード』みたいなエッセイが好きな人には若干もの足りないかもしれません。以下、気になったところをメモ。

 読書とは長い時間を費やして、ひとりの作家の思考をたどることだ。それが何の役に立つかなんてことは大事な問題ではない。
 一冊の本を何日も時間をかけて読んでいくという行為は、視覚には絶対に還元されることのない思考というものが厳然とあるということが体に染みるように実感されることで、こればっかりは読書経験の貧弱な人には絶対に理解できない。人間を人間たらしめている抽象という次元は、参考書にあるような視覚イメージを使ったチャートとは全然別物で、言葉と心の中にある茫然として視覚ともいえないイメージの中にしかない。(p27)

これ以外にも本(作家)に関するエッセイはいくつかおさめられていて、それを読むと、中井久夫読んでみようかなぁとか、『カフカ・セレクション』積読中だったな(もちろん以前読んだ保坂氏の本の影響w)、とか、小島信夫『美濃』も面白いんかな、とか(小島信夫積読本あったな…)。最近本を読む時間も減ってるので、もっと増やして行きたいなぁ。本はうちには山ほどあるから。。

 面白いのはここだ。答えが風景からもたらされた。ここは話の本筋から少し外れるところだし、いともあっさり語っているから誰も、「どうして風景を見て答えがわかるんだ」というツッコミを入れないが、これは見方によっては神秘主義の二、三歩手前だ。私は否定的に言いたいのでは全然ない。人間とはそういうものなのだ。論理的な積み上げだけで得られる答えなど、普通サイズの人間の枠を一歩も出ない。(中略)
 人間の思考というのは風景の力を得て、一段階上に行くのだと思う。(p.52~53)

「風景を見て答えがわかる」という体験は私にはない。風景を見て答えを見つかるならどっか行きたいなぁなんて単純に考えたけど、それはチガウw…(でも、あまり外出しないから気分転換にどっか自然が豊富なところに行ってみたい気はする)。「わかる」時はきっと、突然、一瞬に来るんだろうな。そういえば、昔、テオ・アンゲロプロスの『霧の中の風景』のそのラストシーンに映る木を見て、「わかる」まではいかないけど、「こういうことか」と腑に落ちた瞬間がありました。いつか、リアルでその「わかる」時が来ればいいのにと思ったのでした。

追記

http://book.asahi.com/review/TKY201104190171.html
■風景が与える答え、小説の秘密
横尾忠則氏による書評(2011.4.17)です。素晴らしい。