中原昌也『名もなき孤児たちの墓』

名もなき孤児たちの墓 (文春文庫)
中原 昌也
文藝春秋
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何度読んでも、嫌な夢を見た後のような感覚になる中原昌也の小説(苦笑)。でも、何故か彼の小説自体を嫌になることはなく、こうやって読んでいるのが不思議なんですが。最初はよく分からなかったけれど、分からないから分かろうと思って読んでるのかな。分かることはないだろうと認識しつつ…。


芥川賞候補作『点滅……』を含む短篇集。その中から何編か選ぶとすれば、私は『彼女たちの事情など知ったことか』『美容室「ペッサ」』『典子は、昔』『名もなき孤児たちの墓』そして『点滅……』かな。爆笑しながら読んだのもあるし、ホントに読んだあと悪夢見そうってのもあったし、せつなすぎるのもあったけど。


『典子は、昔』(←タイトルがくだらなすぎw *1)、から。

よくよく考えてみれば、本当に耐え難い程に寒いと感じた冬を体験したことなど、かつて一度もなかったかもしれない。どうせ雪国だとか寒村だとかに比べて大したことない気温程度で寒いなどと文句を垂れるのが人間として間違っているように、悲しいとか辛いだとかそういう感情すら良くないものとするような世の中なのだから。否定的な感情はすべて間違っているのだ。

『点滅……』から。

誰もいないはずなのに、わざわざ空調によって管理された空間ほど、淋しさを感じさせるものはないだろう。誰のためにもなってはいない、単なる電力の浪費。俺の人生は、所詮これと似たようなものなのかもしれない。誰からも何も期待されず、椅子にすわらされたまま特に何もできず、誰かの興味も引かないつまらぬことしかできない。そのような世界にさしたる必然性もなく存在しつづけなければならぬ不毛な義務感が、形容できぬ不安とないまぜとなり、それが永遠に癒されることのない徒労感へと慌ただしく変貌するのを嫌々見せつけられる。また再び不毛な義務感に苛まれ、そしてまた癒されない徒労感へ。その反復を俺はただ黙って見守るしか成す術はないのだろうか。

『点滅……』のこの部分(と前後の文章含めて)が読めただけでも私はこの本を買う価値はあったと思ってる。まぁ、こんなのどこにでも書かれてることじゃんと言われたら私は何も返せないけど、私にはクリーンヒット(死語?)だったので。

*1:昔の日本映画に『典子は、今』という作品がありました